〜縮小市場に“勝ち残る”店舗とは何か〜
新型コロナウイルスのパンデミックから数年、街には再び人の流れが戻り、飲食店の賑わいも徐々に回復してきました。しかし、コロナ前と“まったく同じ環境”が戻ってきたわけではありません。特に居酒屋業態は、最も大きな構造変化を受けた業種のひとつと言えるでしょう。
リモートワークの常態化、酒離れ、外食頻度の減少、物価高による可処分所得の圧迫。
一方で、少人数利用、目的志向型の来店、単価重視の選好、短時間利用の増加など、新しいニーズも顕在化しています。
このようなアフターコロナの文脈で、居酒屋はどのように出店を判断し、閉店を判断するか。本稿では、データと現場視点の両面から、「勝ち残るための思考の軸」を整理します。
■ 市場全体の「縮小」ではなく「再編」が起きている
まず理解すべきは、居酒屋業界は一律に縮小したわけではないということです。
確かに、全体の店舗数は減少傾向にあります。しかしそれは、需要が消えたからではなく、「旧来型の非効率な供給モデルが淘汰された結果」だと言えます。逆に言えば、需要が残る市場に、適したフォーマットで出店できる企業は生き残るということです。
● キーワードは「選別消費」
- 「なんとなく入る」はなくなり、「ここに行きたい」という指名来店が主流に
- 酒を飲む理由ではなく、「人と会う」「語る」「癒される」場としての意味が強く
- コスパよりも“納得感”と“ストーリー”のある飲食体験が求められる
つまり、消費者が「時間」「お金」「胃袋」をどこに使うかを、より厳しく選ぶようになったのです。
その選別に耐えうる価値があるかが、出店・閉店判断の大前提となります。
■ 出店判断の「3つの軸」
アフターコロナにおける居酒屋出店においては、以下の3つの軸をもとに立地・物件を評価する必要があります。
■① 時間帯別人流の“質”を見る
コロナ前は、「駅前一等地・乗降客数が多い・繁華街」が正義でした。しかし現在では、「夜間人口」「曜日別傾向」「雨の日の影響」など、より細かい人流の質的評価が重要になります。
- オフィス街→週3出社化により、平日夜の客数は減少。金曜特化型に再設計を。
- 住宅地→自宅近くでの“ちょい飲みニーズ”が高まり、週末利用増加。
- 学生街→オンライン授業の影響継続。昼営業・カフェ要素を付加すべき。
これらは位置情報データやLINEミニアプリ連動の属性情報から抽出可能です。
■② 少人数・高単価フォーマットへの対応力
大人数宴会向けの居酒屋は極端に減少しました。代わりに、
- 2〜4人席を中心にした構成
- 飲み放題ではなく、ペアリング型やクラフト酒の提供
- コースではなく、アラカルト中心+一品一皿の高粗利構成
といった、高付加価値・低キャパシティの構造が求められています。
これは、出店コストを抑えた小箱展開にも適しており、「10坪/20席前後で月商300万円」が目安となるエリアを優先して探すことが出店成功の鍵です。
■③ 居抜き活用と投資回収期間の短期化
不安定な社会状況の中で、投資回収期間を3年以内、できれば1〜2年で回収できる事業モデルが理想です。そのためには、
- 内外装費を抑える居抜き物件
- 初期費用をかけずに“ストーリー”で集客するブランディング
- 既存業態の業務オペレーションを使い回せる“マルチユース展開”
など、低投資・高速回収型の出店設計が重要になります。
■ 閉店判断は「不採算」より「改善限界」で考える
一方、閉店判断についても考え方をアップデートする必要があります。かつては「赤字なら撤退」という単純な判断が主流でしたが、アフターコロナでは以下のような視点が重要です。
● ① 店舗の「ポテンシャルギャップ」で評価する
- 「現状の売上」ではなく、「商圏ポテンシャル − 現売上」のギャップを見る
- 商圏人口、人流、競合強度、ブランド認知などから**“本来出せる売上”**を推定し、それに対して大きく乖離している店舗は“改善の余地”があるか精査
改善策:
- メニュー再設計
- 人員シフトの最適化
- 客単価引き上げのリニューアル
- 看板や外観、照明の微修正だけで“見え方”が大きく変わることも
● ② 他店への波及効果を分析する(カニバリと逆カニバリ)
- 近隣に姉妹店舗がある場合、1店舗を閉店することで他店の売上が伸びるケースもある
- 特に、デリバリー併用型やブランド統合型(例:昼はラーメン、夜は居酒屋)で顕著
このように、「撤退」は必ずしも“負け”ではなく、ブランド全体の収益性向上策であることを、数値的に説明できるようにしておくことが重要です。
■ 出店と閉店、両方の視点で見る「共通の落とし穴」
アフターコロナにおける意思決定では、“感覚的な成功体験”に引っ張られないことが重要です。たとえば…
- コロナ前に成功した立地だから出すべき?
- 自分が通っていたからこの店は残したい?
- 競合が出してるからうちもいけるはず?
これらは全て、バイアスです。特に「アンカリングバイアス」「正常性バイアス」「サンクコスト効果」に注意が必要です。
逆に言えば、これらのバイアスを“認識したうえで”“定量的に検証し直す姿勢”が、これからの経営判断において強い武器となります。
■ 居酒屋経営における“動的ポートフォリオ思考”へ
アフターコロナの世界では、もはや「いい立地を見つけたら出店して、ダメなら撤退」という静的な判断では生き残れません。求められるのは、動的ポートフォリオ思考です。
- 「この立地は◯年後どうなるか?」
- 「この商圏は他ブランドとどう連携できるか?」
- 「この物件をどうすれば“勝てる店”に変えられるか?」
という問いに、事実とデータ、そして現場感のバランスで答えを出すこと。
変化に合わせて、柔軟に出し、的確に引き、磨いて残す。
アフターコロナ時代の居酒屋経営には、そうした“しなやかな強さ”が求められているのです。
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