〜店舗に来ない顧客の心をどうつかむか〜
かつて飲食店の商圏とは、「徒歩5分圏」「駅から◯分圏内」といった、地図に線を引いて描けるものでした。しかし、デリバリー業態では事情が異なります。お客様は“来ない”のです。代わりに、私たちが“届けに行く”。
この構造の変化は、出店戦略や売上予測、販促施策のあり方に大きな転換を迫っています。では、来店前提の従来型の商圏分析は、もう使えないのでしょうか? そうではありません。ただし、見えない商圏=非接触圏を、データと仮説を駆使して“見える化”する必要があります。
本記事では、デリバリー業態における「見えない商圏」の定義と可視化手法、そしてその分析結果をどう活用すればよいかを、実務目線で解説します。
■ なぜデリバリーの商圏は“見えない”のか
商圏とは本来、「この店の売上は、このエリアの人々によって構成されている」という概念です。
ところが、デリバリー業態においては、次のような点で従来の商圏の考え方が通用しません。
- 人は来ない。物と価値が行く。
→ 顧客が移動するのではなく、商品が移動する。 - 距離より“配達可能性”が重要。
→ 同じ2kmでも、坂道や一方通行の有無で大きく違う。 - 店の魅力が視認できない。
→ 看板、外観、通りがかりの露出がゼロ。 - 非計画購買が起きづらい。
→ 通りがかりの「入ってみようかな」が起きない。
つまり、立地に付随していた“自然流入”の構造がすっぽり抜け落ち、商圏がデジタルな選択空間に置き換わっているのです。
■ デリバリーの“新しい商圏”とは?
では、デリバリーにおける商圏は、どう定義されるべきでしょうか? キーワードは「配達可能エリア」「人流」「可処分時間」「注文経験」です。
● 配達エリア ≠ 商圏
デリバリーサービス各社は、店舗からの半径や配達時間をもとに配達可能範囲を設定します。しかし、それはあくまで**“可能な範囲”**であり、売上の中心となる“商圏”ではありません。配達可能エリアの中でも、どこにどれだけの顧客がいて、どの程度リピートしてくれるのかが商圏の定義になります。
● 時間帯・天候・曜日で変わる“流動商圏”
デリバリーでは、**「昼はオフィス需要」「夜は住宅需要」**といったように、時間帯ごとに商圏の性質が変化します。また、雨天や祝日には、通常よりも「遠くからの注文が増える」というデータも存在します。つまり、デリバリーの商圏は、固定されず動く商圏です。
■ 見えない商圏を“可視化”する方法
見えない商圏を可視化するには、以下の3つのアプローチを組み合わせるのが効果的です。
① 実績注文データから「実商圏」を描く
店舗からの注文データ(住所・時間帯・注文頻度)をエリア単位(町丁目やメッシュ)で集計し、「実際に売上を構成している地域」はどこかを洗い出します。地図にプロットすれば、“来ないけれど買ってくれている人”がどこにいるのかが明らかになります。
ポイント:
- 配達回数が多いエリア ≠ 売上が高いエリア
- 高単価顧客が集中しているエリアに注目すべし
- リピート頻度の高いエリアは、戦略的重点ゾーン
② 人流データとの照合による需要ポテンシャルの推定
スマホGPSなどによる人流データを用いることで、特定エリアに**「どの時間帯に」「どんな属性の人が」「どれだけ滞在しているか」**が把握できます。
これにより、「現状は注文が少ないが、本来なら需要があるはずのエリア」が浮かび上がります。特に、昼間人口が多いのに売上が伸びないオフィス街は、プロモーションの重点対象です。
③ 行動パターン(可処分時間)から“買いやすさ”を定量化
人は、物理的な距離よりも「心理的な近さ」「注文のしやすさ」で店を選びます。たとえば、残業帰りで自炊できないとき、時間のない育児世帯など、「注文したくなる瞬間」が集中する層が存在します。顧客インタビューやアンケート、クレーム分析などを通じて、“いつ、なぜ頼むのか”を定性データとして補完し、デリバリー注文のトリガーを見極めましょう。
■ 見えない商圏を活用した打ち手設計
では、可視化された「デリバリー商圏」は、どう活用すれば良いのでしょうか。以下、実務的な4つの施策を紹介します。
● 1. 商圏スコアに基づいた販促配分
広告費を配布エリア単位で均等に割るのではなく、「実売上 × 人流ポテンシャル ×未開拓率」に基づいた商圏スコアを設定し、リスティング広告やチラシ投下量、LINE広告配信量を再設計します。
● 2. 非効率エリアの“戦略的撤退”と拠点再配置
注文密度が低く、かつ再伸長が見込めないエリアを配達エリアから外し、他の店舗に統合。拠点を集約することで、人員・人件費・配達効率が改善します。
さらに、撤退エリアの影響範囲をハフモデルやGIS分析でシミュレーションすることで、売上がむしろ上がる「逆カニバリ」も狙えます。
● 3. 時間帯別の商品・価格設計
商圏の特性に応じて、「昼は単価重視・夜はファミリー向け量重視」「雨の日はロスが出にくいセット売り」など、エリアと時間帯に合わせた柔軟な価格・商品設計を実施します。
● 4. 顧客リストの地域別CRM
実商圏でリピート率が高いエリアに絞って、LINEやSMSを活用したCRM(再来施策)を展開。特定エリアでのNPS(推奨度)向上活動を先行投入することで、ポジティブクチコミの拡散を促進します。
■ ケーススタディ:実店舗を持たないゴーストキッチンの成功事例
東京都内某所で稼働している“ゴーストキッチン”型のデリバリーブランドは、当初、既存の人口密集エリア中心に販促を行っていたが、実際の注文データを分析した結果、「人通りは少ないがUberEats利用率が高い高所得住宅街」がリピートの中心であることが判明。
それ以降は、その地域に向けて広告出稿とプロモーションを集中。結果、店舗から3km圏外だったエリアからの売上が全体の40%を占めるようになり、リピーター比率が2倍に上昇。現在ではその周辺に新たなデリバリー専用キッチンを出店し、“物理的拡張”ではなく“需要の濃度に基づいた出店”に成功している。
■ まとめ:地図にない“商圏”を設計せよ
デリバリーの商圏は、歩いて来る人ではなく、「タップして注文する人」が作ります。
そのため、従来の商圏分析では見落とされていた「購入する確率」「購入する理由」「購入したいけどまだ買っていない人たち」に光を当てる必要があります。
“来ない顧客”を、“見える顧客”に変える。
そのためには、実績データ、人流データ、定性データをかけ合わせ、地図に描けない“流動的な商圏”を設計するという思考が欠かせません。
見えないものを見える化する力が、デリバリーの戦略精度を決めます。感覚と勘だけに頼らない、“人流の科学”を、いまこそ手に入れましょう。
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